岡江久美子と薬丸裕英の不仲説はホント?

岡江久美子

岡江久美子さんの亡くなったという知らせには驚きました。

志村けんさんに続いて、また芸能界から好きな人が去っていく。

 

私の中で岡江久美子さんといえば『はなまるマーケット』ですね。

そこで、当時のことを調べていたらびっくりしました。

 

岡江久美子さんと薬丸裕英さんと絶妙のコンビと思っていたんですが、実はこの2人は不仲だったという書き込みが結構あるので、調べてみることにしました。

岡江久美子と薬丸裕英の不仲説って?

はなまるマーケット』って、17年もやっていたんですね。

改めて感動しちゃいました。

 

岡江久美子さんと薬丸裕英さんは、仲良さそうに見えていたのに。

 

2人の不仲説にはどんな噂があったかと言うと

  • 机の下で蹴り合っている。
  • 岡江久美子が薬丸裕英を『ヅラ』を呼んでいた。
  • 司会を務める岡江久美子と薬丸裕英の不仲が、制作側を長年悩ませていた。
  • 大ざっぱな岡江と几帳面な薬丸の性格が合わず、口論が多々あった。

え~~ですね。

見えないところで「蹴り合っていた」なんて、驚きですよ。

 

まぁ17年もお付き合いしていたら、多少はこういうこともありそうだけど、日常茶飯事だったすればすごいことですよね。

 

でも、こういう書き込みも見ました。

『机の下で蹴り合っている』と書かれました(笑)。

常識的に考えて蹴らないですよね。

私が薬丸君を『ヅラ』と呼んでいるという記事も出た。

カツラという噂を聞いた私が冗談半分で『ヅラなの?』と聞いたことはあったかもしれませんが(笑)、彼はヅラじゃありませんよ。

岡江久美子さんと薬丸裕英さんが、インタビューで答えた時の話ということです。

2人共笑って答えていたそうです。

 

2人の性格は真逆だったらしいですが、お互いの誕生日にはプレゼントし合うほど仲は良かったそうです。

 

岡江久美子さんの悲報を知って、薬丸裕英さんが泣いていましたよね。

本当に嫌いだったら、形式的な挨拶だけで泣くことはないですよね。

 

はなまるマーケットの懐かしい映像があったので、紹介しますね。

はなまるマーケット最終回 神ワザ名言集

本当、岡江久美子さんのおちゃらけ振りを見ているだけで、懐かしいし笑えるし薬丸裕英と仲良さそうだし。

 

この笑いがもう見れないなんて、悲しいです。

 

どっからどう見ても、岡江久美子さんと薬丸裕英さんが不仲だなんて思えませんよ。

不仲説は自分たちで流したらしい?

どこから見ても、岡江久美子さんと薬丸裕英さんが仲悪いとは信じられませんよね。

だとしたら、2人の不仲説はどこから沸いたんでしょうか?

 

岡江久美子さんが番組内で、驚きの発言していました。

「あの記事(不仲説)ね、本当は私達が流したの!」

 

・・・え?マジ?

 

それを聞いた薬丸裕英さんは

「そういう計算だったらすごいですよね!」

と答えていました。

 

というのも

「岡江&薬丸東京散歩(秘)トーク」企画内で、一部で報じられた“机の下の蹴り合い”について薬丸は

「この記事を読んで、信じてる方がいらっしゃったってことですよね」

と驚きつつ、

「でも、我々も助けられた部分もあるんですよ。

17年間の中で(岡江との関係で)浮き沈みが正直あったワケですよ。

こうなって(下がっている)いる時に、その記事が出て、そこから視聴率が良くなったんですよ」

と回顧。

「はなまるマーケット」も17年もの長寿番組だったので、やはり視聴率が低迷する時期もあったそうなんですん。

そんな時の「不仲説」で、視聴率が回復しちゃったそうなんです。

 

岡江久美子さんが、「あの記事ね、本当は私達が流したの!」というのも、まんざらじゃないような気がしてきちゃいますね。

 

薬丸裕英さんが「そういう計算だったらすごいですよね!」と返したあたりで、岡江久美子さんのジョークだと分かります。

 

こういう掛け合いが自然にできちゃうのは、気心がしれているという証拠ですよね。

はなまるマーケットが長続きした理由は何?

今更ですけど「はなまるマーケット」が17年も続いた長寿番組だったことには驚きですよ。

 

いつもやっているから気になっていなかったけど、実はすごかったんですね。

 

「はなまるマーケット」は楽しかったから、視聴率も当然良かったはず。

その裏付けが

また、17年半二人で続けてこられた秘訣に薬丸は

「なんだかんだで、岡江さんが引っ張ってくださった。

 僕やスタッフたちにとって、岡江さんは、はなまるの太陽だった」

と感謝し、

「17年半恋愛関係に陥らなかったから、長続きしたというのもありますよね」

と話すと、岡江も

「毎日会ってドキドキしてたら死んじゃうよね」

と笑わせた。

この2人の息のあった掛け合いと、岡江久美子さんの天然ぶりが17年続いた秘密ですよ。

 

薬丸裕英さんの

「17年半恋愛関係に陥らなかったから、長続きしたというのもありますよね」

も笑えるけど

岡江久美子さんの

「毎日会ってドキドキしてたら死んじゃうよね」

という返しも、バッチリですよね。

 

この2人の息のあったやり取りこそが「はなまるマーケット」が17年も続いた理由と言えますね。

はなまるマーケット終了の本当の理由があった?

岡江久美子さんと薬丸裕英さんだからこそ17年も続いた「はなまるマーケット」です。

 

この番組が2014年3月に終了したのは、本当に残念でした。

 

「はなまるマーケット」が終了した本当の理由は

『はなまる』の終了は、岡江さんからの降板希望が発端でした。

番組としては“岡江さんと薬丸さんが揃っての『はなまる』だったので、片方が降板するなら続ける意味がない”ということで、そのまま終了することになった。

当時、岡江さんは90才になるお母さまの介護を抱えていて“もっと母の側にいてあげたい”というのが理由でした。

お父さまはその10年ほど前に亡くなっていて、以来、岡江さんはひとり暮らしになったお母さまのお世話を続けていたそうです。

岡江久美子さんが降りるなら続ける意味がないと言い放った、薬丸裕英さんの男気と岡江久美子さんへの思いが伝わってきますね。

 

岡江久美子さんも、母の介護という選択をするに当たり葛藤もあったと思います。

私も、母親の介護をしているので気持ちが痛いほど分かります。

でも、コロナ関係で会いに行くこともままならなくて正直つらいですよ。

 

岡江さんは『はなまる』で忙しいにもかかわらず、毎日、隣家に住むお母さんに食事を作りにいっていました。

夫の大和田獏さんがお母さんと手をつないで、散歩をすることもありました。

近所の人から声をかけられると“リハビリで散歩しているんですよ”なんて話していたそうです。

娘の美帆ちゃん(大和田美帆)も介護士の資格まで取って、おばあちゃんの面倒を見ていました。

両親が忙しかったので、あの子は“おばあちゃんに育てられた”と言えるくらいのおばあちゃんっ子ですからね。

まさに家族ぐるみで介護をしていたんです。

親の介護というのは、傍で見ているよりも実は大変なものです。

実際に介護していないとわからないことが多いと思います。

私は、介護の仕事をしていて母親の介護もしているので、本当に岡江久美子さんは偉いと思います。

 

そんな、岡江久美子さんがコロナで亡くなられたというのは、悲しくて仕方ありません。

 

岡江久美子さんの見た目は、天然ボケの有る可愛さだったと思っています。

彼女のことを知りたくていろいろ調べていると「性格が意地悪」みたいな情報を見つけましたが、にわかに信じられません。

そこで、岡江久美子さんの性格について調べた記事が別にあります。

岡江久美子さんの性格が意地悪なのかについて

クリックで読めます

まとめ

岡江久美子さんと薬丸裕英さんの不仲説について調べてみました。

  • 机の下で蹴り合っている。
  • 岡江久美子が薬丸裕英を『ヅラ』を呼んでいた。
  • 司会を務める岡江久美子と薬丸裕英の不仲が、制作側を長年悩ませていた。
  • 大ざっぱな岡江と几帳面な薬丸の性格が合わず、口論が多々あった。

視聴者の見ないところでこんなことをしているという噂が上がりましたが、2人共笑って否定しています。

 

さらに、岡江久美子さんは「これは自分たちで流した」とジョークを飛ばすと、薬丸裕英さんが「それは計算高い」と笑って返すほど、実は仲が良かったんです。

 

岡江久美子さんと薬丸裕英さんの息のあった掛け合いがあったからこそ「はなまるマーケット」は17年も続いたんです。

 

岡江久美子さんが母親の介護に専念したいから降板すると言い出したところで、薬丸裕英さんは「岡江久美子さんが居なければ番組を続ける意味がない」と男気を見せて、番組は終了したそうです。

 

どこまでも、岡江久美子さんと薬丸裕英さんは仲が良い関係だったんですね。

 

薬丸裕英さんが涙ながら岡江久美子さんへの思いを噛み締めているのかと思うと胸が痛みます。

岡江久美子さんのご冥福をお祈りいたします。

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