竹内結子は熊本被災地への寄付を毎月していた!?

竹内結子

急にこの世を去ってしまった竹内結子さん。

 

実は、竹内結子さんの人柄が忍ばれるエピソードがありました。

竹内結子さんは、4年間も毎月熊本地震の被災地に寄付を続けていたそうです。

 

竹内結子さんの出身は埼玉県なのに、なぜ熊本の被災地に寄付をしていたんでしょうか?

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熊本被災地への寄付をしていた!

竹内結子さんは、熊本地震が起きてからずっと一般社団法人「ロハス南阿蘇たすけあい」に寄付をしていたそうです。

 

それも、毎年とかではなく毎月寄付していたそうです。

しかも4年間ずっとだそうです。

きっかけは?

竹内結子さんの出身地は埼玉県なんです。

自分の故郷の復興を願って寄付するというのは良くありますが、竹内結子さんが縁もゆかりもない熊本に寄付するようになったきっかけは何だったんでしょうか?

 

竹内結子さんは2016年11月にBSフジのドキュメンタリー番組「一滴の向こう側」で、一般社団法人「ロハス南阿蘇たすけあい」の井出順二代表理事長の活動を紹介しました。

 

竹内結子さんは熊本に縁がなかったわけではなく、2003年の映画「黄泉がえり」の撮影地が阿蘇だったんです。

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竹内結子さんは、「一滴の向こう側」の放送後に井出順二さんに支援の申し入れをされました。

 

井出順二さんは、竹内結子さんが「名前は公表しないで」と言われたそうですが、「被災者が勇気付けられますし、活動の糧になるので(公表を)お願いしました」と話しています。

 

竹内結子さんは、それから毎月50万円を振り込んでいたそうです。

今月も、10日に寄付があったそうです。

 

竹内結子さんは寄付だけではなく、お忍びで現地に行って被災者とも交流したり、季節の挨拶も必ず届けていたそうです。

 

井出順二さんは、竹内結子さんに

「竹内さんの寄付に助けられた人は数百人どころではないです。いつか『なぜ、こんなにして下さるんですか』と伺いたかったので残念です」

「何というか…失礼かもしれないですけど、男気というか男らしい女性という印象でした」

「竹内さんに支援を頂いたことに恥じない活動をして、恩返しするしかないです

と、心のなかで伝えたそうです。

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熊本地震とは

2016年4月に熊本県を中心に発生した地震を熊本地震と呼んでいます。

  • 14日午後9時26分のM6・5の地震を前震。
  • 16日午前1時25分にM7・3の地震を本震。
  • 熊本県益城町で震度7を記録
  • 死者は震災関連死も含め273人、重軽傷者2809人(いずれも20年4月12日現在)

という地震で、かなり大きな地震でした。

黄泉がえり

映画「黄泉がえり」は1999年に発表された小説を、2003年に映画化したものです。

 

あらすじは

九州阿蘇のとある地域。ここで少し前から驚くべき現象が頻発していた。

死んだ者が、死後も自分のことを想い続けてくれた人の前に、ある日突然現われるのだ。

それは、ゾンビや幽霊などではなく死んだ当時のままの姿で蘇るのである。

最愛の人との再会に喜ぶ家族や恋人の一方で困惑する周囲の人々。

厚生労働省勤務の川田平太は故郷で起った謎の現象を解明するため現地に赴く。

そこで、川田は死んだ親友のフィアンセだった橘葵と再会する。

葵もまた恋人の黄泉がえりを待ちわびていた。

そんなある日、川田は<黄泉がえり>にある法則を見出すのだったが…。

映画の舞台が阿蘇だったために、撮影のほとんどは阿蘇で行われたようです。

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まとめ

竹内結子は熊本被災地への寄付を毎月していたことについて調べました。

  • 4年間も毎月熊本地震の被災地に寄付を続けていたそうです。
  • 出身地は埼玉ですが、2003年の映画「黄泉がえり」の撮影地が阿蘇でした。
  • 竹内結子さんがMCをしていた「一滴の向こう側」で、一般社団法人「ロハス南阿蘇たすけあい」の井出順二代表理事長の活動を紹介したことがきっかけだった。
  • 寄付以外にも、お忍びで現地に行って被災者とも交流したり、季節の挨拶も必ず届けていた。

竹内結子さんは、映画のロケ地だった縁と自身の番組で紹介した井出順二さんと知り合って、迷わずくまとの被災地の復興に支援を始めたというのは、竹内結子さんの人柄の良さ以外の何物でもないと感じました。

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